Life #003

 今回から本論ですが、その前にほんの少しお堅い話をさせていただきます。

 何事にもそれなりの準備が必要だと言うお話から始めます。
壮大なロマンかどうかは分かりませんが、自分では予知できぬ寿命を顧みず、百歳まで元気に楽しく暮らそうと言うわけですから、無手勝流で挑んでも途中で挫折してしまうのは目に見えています。

 反面「あれはダメ!」「これもアカン!」「それは絶対すべき!!」と制約と強制ばかりでは窮屈だらけで楽しくないばかりか、自由な人生とはいかないでしょう。

 ただ自分が行くべき方向に支えとなるものがあれば安心ですね。
「それはお金だ!」
間違いではありませんが、正解ではありません。
有り余る財産、資産を持っていても晩年不幸な方はいくらでもいます。

 ある程度の資産、財産が必要なのはもちろんですが、このことについては後々お話することとします。
他に答えはおありでしょうか?
「気力と言うか、根性だろう」

 それも確かに大事ですね。でも根性論だけでは途中で萎えてしまいます。
生き抜く気力は求められますが、無理無理な気力は挫折した時に支えにはなりません。
日々の営みの中で、自然に人生を楽しむことが百歳まで、いやそれ以上生きるための条件です。

 またそれこそ寿命が突然来たとしても、穏やかにそれを受け入れるためには平常心でいることが大切です。

 次の図をご覧ください。

 私たち自身の人生は「生活」の部分と「仕事」の部分が相合わさって成り立っています。
それが日々連なり積み重ねられて百歳に至ります。

 「生活」と「仕事」の二つの道がまず初めの私たちの『支え』となるものです。
この二つの道を60歳過ぎたら大いに意識しましょう。
『仕事』とは必ずしも勤労や労働、就業だけを意味しているわけではありません。

 もちろん現在、まさに給与所得者であったり、経営者、はたまた自営業者の方もおられるでしょう。
また長く悠々自適のご隠居の方もいらっしゃるでしょう。
その境遇はどうであれ、仕事とは「働く」ことを意味しています。

 現在在職中の方はそのまま続けましょう。
「生涯現役」こそが百歳人生を精神的に支えます。
無理してまで働くことではなく、自分自身が楽しくなるように働くことがポイントです。

 何もやってなく、健康的な隠居生活を送っているならば、そのままでは心も脳も体も劣化し、老化の一途を辿る人生となるのは必定です。

 ご自身にある何かを探し出し、生かしてそれを「仕事」にしましょう。
収益は微々たるものでも、無きに等しいものでも構わないのです。
ボランティアを考えてください。

人さまからのお礼はあっても報酬はほとんどありません。
でも自分の中に楽しさと生きがいが湧いてくるはずです。
これが「仕事」です。そこから命の栄養が心身に沁み出していき、寿命が伸びます。

 お金儲けが目的ではありません。ここがポイント。

 主婦の家事も育児も元来は立派な仕事なんです。
昭和の大半の男性陣はこのことが分かっていません。

思考を切り替えましょう

 それでは「生活」とは何でしょうか?
朝起きて飯食って、昼食って、何かして、晩飯食って、風呂入って、寝る。
これだけでは単なる無感覚な生活習慣であり、単調な生命維持活動に過ぎません。

 これを黙々と毎日励行して何が面白いでしょうか? 何が楽しいでしょうか?
「それは言い過ぎでしょう。これだって大変なんですよ」と異論が出そうです。
ご夫婦が健康な二人暮らしであれば、朝昼晩の食事の支度はおそらく奥方の担当でしょう。
確かに大変です、献立選びに買い物、さらに調理と配膳、最後は洗い物。

 それ以外にいろいろ家事をこなさなくてはなりません。
なぜなら前述のごとく
これが主婦の仕事だ!」とされてきたからです。

 ご主人は何しています? ボーッとテレビを観ているだけ?
立場が逆であっても同じです。
はたまた一人暮らしならばなおさらです。

「俺だって働いているよ!」
そうでしたね。それもご苦労なことです。

 ここでお伝えしたいのは、仕事が混在したその生活習慣に潤い、幸せ感などの彩りがあるか?と言うことです。

 誤解しないでください。何も華美にする、派手に暮らす、と言うことではありません。
ただそのままですと百歳までは健康で、かつ元気には暮らせないでしょう。

 基本の生活習慣がつつましくても、百歳まで楽しく張り合いのある人生を送れるかと言うことです。

 ところでお気づきでしょうか?前の図のことです。
仕事の矢印が生活のの矢印の下になっています。
若い時は仕事が生活の上でした。特に男性は「仕事命!」で普段の生活は付属物のようでした。

 その是非はいろいろありますが、高齢者のレッテルが貼られたら、命を張るのはさっぱりと「生活」に切り替えましょう。

 ともかくこれからの人生には「生活」と「仕事」の二つの支えが必要だと言うことをご理解いただけましたか。
物理的な必要性だけを述べているのではなく、それらへの強い認識を持つことです。
明確に意識することで、両者各々の価値が浮かび上がってくるのです。

 さらに両者には共通して「時間」と「プロセス」の二つが含まれています。
流れる時間を無駄にはできません。時間は限られた資産、資源なのです。
プロセスとは「行程」「工程」のことで、さまざまな思考や作業、活動が連綿とつながり、進んでいき、何らかの結果を産み出すものです。

 特に仕事では時間とプロセスが製品の品質、経営の質を左右する重要なファクターであることは、皆さん経験済みでしょう。
その二つの大事な歯車が「生活」と「仕事」を良質に変えながら動かし、人生自体を有意義で彩り豊かなものに仕立てていくのです。

 本ブログの副題にも掲げられている”5S2Cycle”にそろそろ踏み込んでいきましょう。

 技術系の方なら誰しも「QC・TQC」をその呼称だけでもご存じだと思います。
戦後の日本を高度成長に導いた要因の一つがQC・TQCと言う生産活動を支える品質管理手法でした。

 QCとは”Quality Control”の略称であり「品質管理活動」を意味します。
かたやTQCとは”Total Quality Control”の略で、「全社的(総合とも)品質管理活動」を意味しました。

 この中で、工場や建設現場では3S・4S・5SがQC、TQCに取り込まれ、また労働安全面でも組み込まれるようになりました。

 その起源はさておいて3S、4S、5Sのそれぞれは次の活動を略したものです。

 3Sとは、「整理」・「整頓」・「清掃」

 4Sとは、「整理」・「整頓」・「清掃」に加えて「清潔」

 さらに5Sとは、「整理」・「整頓」・「清掃」・「清潔」に加えて「躾(しつけ)」 となります。

 それでは5Sの各々を簡単に説明しましょう。

  • 整理

 必要なものと不要なものを区分し、不要、不急なものを取り除くことが「整理」です。
簡単で良いですから何らかの判断基準を定め、現在未来を通して要るもの、要らないものに分けていきます。
今はやりの「断捨離」もこれに該当します。

  •  整頓

 整理完了後、必要なものを決められた場所に、決められた量だけ、いつでも使える状態で容易に取り出せるようにしておくことが「整頓」になります。

 製造現場や建築現場では工具・用具だけでなく、資材・材料や書類などもこれに該当します。

 医療現場でも採用され、カルテ・医薬品・医療器材など患者様の生命を守るために用いられています。

 また該当品をあれこれ探す無駄を無くすことが効率と安全、品質や環境保全に役立つことが出来ます。

  •  清掃

 工場などの作業現場や資材・機器・製品の保管場所におけるゴミ、ほこり、かす、くずなどを取り除き、油や溶剤などで汚れた場所の隅々まできれいに清掃します。

 それにより仕事を安全、かつ正確に進めやすく、また問題発生や課題が分かるようにすることが可能となります。

 床の汚れやゴミの散乱で作業者の転倒災害などを未然に防ぐことも可能です。
機械設備にゴミやかすの付着で不良製品が発生したり、高価な製造機械に不具合が発生し、生産が停止することもありえます。

  •  清潔

 「清潔」は、職場や機械、用具などのゴミや汚れなどをきれいに清掃した状態を続けることと、そして作業者自身も身体、服装、身の回りなどを汚れの無い状態にしておくことです。

  •  しつけ

 「しつけ」とは古臭い言葉に聞こえますが、今は「決めたこと、教わったこと」を必ず守るように指導する言葉として復活しています。

 単に上述の5Sを教えるだけではなく、挨拶、言葉づかい、話し方、服装などの礼儀作法の伝授に始まり、作業標準の順守、機械設備などの正しい取扱操作など広範な業務手順を教育することなどが含まれます。

 良い企業風土では、これら5Sが十二分に自然体で展開されているように感じます。
この5Sの考え方を百歳までの人生活動に取り入れることにしましょう。

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