ISOMS #006

 QMSつまりISO 9001は2015年大改訂により、その規格要求事項から「品質マニュアル」の用語が消え失せました。

 それまでは2008年版があり、そこには明確に以下のような要求事項がありました。

品質マニュアルの2008年版要求事項

4.2 文書化に関する要求事項
4.2.1 一般 品質マネジメントシステムの文書には,次の事項を含めなければならない。

a)文書化した品質方針と品質目標
b)品質マニュアル
c)この規格が要求する「手順書」と記録
d)組織のプロセスを効果的に計画,運用,管理するために,組織が必要と決めた文書と記録

 2015年版ではその用語が無くなりましたが、それに代わる表現が盛り込まれ、品質マニュアルの存在は亡霊化したのです。
消失したわけは明確ではありませんが、幾つかの理由が考えられます。

 最大の理由は、多くの組織が品質マニュアルを単なる規格の要求事項の羅列と構成で形式主義的な文書として作成していたことがあります。
品質マニュアルが単なる規格遵守のための形式的な要件として見られ、実際の業務に直接関連しないことがしばしばありました。

 その結果、品質マニュアルは実務から乖離した文書として捉えられ、品質マネジメントシステムの運用や改善プロセスを妨げる要因となった可能性があります。

 2015年版QMSでは、組織がよりプロセス指向のアプローチを採用し、実務に即したシステム構築を要求しています。
そのため、単なる形式主義的な規格遵守ではなく、組織の実際の業務プロセスと密接に結びつき、適切に表現されたQMS手順書(複数でも可)が求められたのです。

 それほどにそれまでの多くの品質マニュアルが、外部審査用で日常業務にさほど役立たない内容になってしまっていたと言う証左でもあります。

 また既にEMS(ISO 14001)では「環境マニュアル」作成要求が無くとも審査に問題が無かったのではないかと考えられます。

 以上の事から、QMS規格から品質マニュアルそのものの名称は消えましたが、仕組みが消えたわけではありません。

 審査機関の外部審査員は品質マニュアルがなくても確実な審査を行うことが本来できなくては失格です。
審査は単に文書だけでなく、組織の実際のプロセスや手順に焦点を当て、三現主義をベースに審査を実施することが原則です。

それがいわゆるプロセス・アプローチ審査と言うものです。

 したがって、品質マニュアルがなくても、組織が規格要件を満たしているか否かの審査判断を常に求められるのです。
組織がQMSを適切に取り込み、運用しているか否かを評価するためには、品質目標の達成度、プロセスの文書化や監視具合、顧客要件への適合度合い、法規制遵守など多くの要点が存在します。

 品質マニュアルの有無にかかわらず審査員は組織のQMSが規格要求事項と整合性があり、そのプロセスが効果的に機能しているかどうかを判断するための適切な質問や観察をプロセスアプローチ審査として綿密に行っていきます。

 ただ審査員によっては品質マニュアルがない場合に組織の活動プロセスや手順を理解し、評価するための多くの時間と労力必要とするかもしれません。
それは外部審査員のそれまでの経験と技量、加えて知恵と意欲に左右されるものでしょう。

 仮にそのような力量不足の外部審査員に組織側が遭遇し、QMSの解釈で対立し、かつ従来からの活動を否定された場合は審査機関へ躊躇することなく異議申し立てをしましょう。
とんでもない不適合の指摘を押し付けられて生産の根幹を揺るがせられては困ります。

 これまでの解説の通り、品質マニュアルは規格要求上無くても良いのです。
規格要求事項からその名称が消えた理由は前4項でも述べました。
結局、品質マニュアルの必要性は組織の性質や目標によって異なります。

 一部の組織では、品質マニュアルが重要な管理ツールとして機能し、必要とされることもあります。
品質マニュアルの必要性は決して皆無ではないと言うことです。

 むしろ以下の点を考慮すればこれまで通りに存続させたほうが有効と思われます。

  1. 規制要件の遵守:特定の業界や地域では、品質マニュアルが法的あるいは規制上の要件として必要とされる場合があります。
    例えば組織のQMS体制確認のためにクライアント側の顧客要求として品質マニュアルの提出が義務付けられることがあります。
  2. QMSプロセスの明確化:品質マニュアルは、組織内のQMSにおける多様なプロセスを文書化し、それらの一貫性を確保するための重要なツールとして機能します。
    従業員が標準化された共有の手順や基準を維持し、それに従って活動することで、品質向上や不良削減効果が産まれます。
  3. 内部コミュニケーションと教育:組織の品質方針や業務手順を明確に伝えるための重要なコミュニケーションツール機能が品質マニュアルにはあります。
    新入社員、管理職、製造/施工現場要員などへの品質管理教育・研修により一層活用すべきものです。
  4. 外部審査・内部監査の円滑化:外部審査に際しては品質マニュアルの存在は決して小さくはありません。
    内部品質監査も同様です。
    現在どこを審査/監査し、次に何を審査/監査するのか、どこの何が問題なのか、を双方がそれらの情報を品質マニュアル上で共有できることで効率的な審査/監査ができるからです。

 しかしながらマニュアル自体の内容と構成は十分に吟味する必要があります。
小規模企業やプロジェクトベースの組織では、過剰な内容の品質マニュアルではかえって種々の効率性を妨げる危険性があります。

 品質マニュアルを詳細で複雑な内容にした場合や堅苦しく融通性に乏しい手順、あるいは規制に軸足を置いた表現では、むしろ組織内の創造性を奪いかねません。

 ましてや大手企業の品質マニュアルを真似ていたずらに分厚いマニュアルや、逆にA3用紙サイズ1枚に図示だけの品質マニュアルも使い勝手の点で問題があるのでは、と危惧します。

《ページ3へ》

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です