LIFE #007
目 次
はじめに
今回から3回にわたり、百歳人生を切り開くための「心得十箇条」をお話していきます。
「心得」と言えば何やら説教臭くも聞こえますが、これまでにお話をした5S+PDCA2サイクルを円滑に回すためにも、
またこれから清く、面白く、楽しく生きていくためにも交通標識や案内板のようなものは時に必要でしょう。
もちろん生真面目に何から何まで戒律のごとく守るのではかえって息が詰まります。
決して禁止事項ではなく、こうすれば素敵な百歳人生を送れるよ!と言うのがここでお話しする「心得」です。
それではその心得を見ていきましょう。
1.心得十箇条とは?
世の中には実に「○○心得十ヶ条」やそれに類するものが結構あるのをご存じでしょうか?
有名なところでは、「松下幸之助 革新の心得十カ条」、「近江商人 商売の心得十訓」でしょうか。
ここでは先人の素晴らしい心得の詳細をご紹介しませんが、なかなかに含蓄溢れる心得が並べられており、
人生の智恵が分かりやすく散りばめられています。
一度読まれることをお奨めします。
それと比べてこちらの十箇条はそこまでの重みはありませんが、時に思い起こしていただくと有効ではないかと思い、並べてみました。
特に初めの一歩を踏み出すこの時点ではお役に立つに違いありません。
その十箇条とは以下の通りです。
いかがでしょうか? わかりやすいでしょう。
でもちょっと説明が必要ですね。
これから2回にわたってこの「十箇条心得」を解説していきます。
1回目はその一からその四まで。それではご一緒に見ていきましょう!
2.十箇条:その一「人に優しく、されど孤独を恐れず」
2-1. 「人に優しく」
「人にやさしく」なんて、当たり前なことなのですが、これが意外と難しいようです。
近頃、高齢者の暴発ニュースが世情を賑わすことが多くなったように思います。
コンビニで、電車内で、役所で、あるいは病院でと、場所を選ばず凶暴な老人が出没しています。
さらには70歳以上の高齢者が加害者になって、見ず知らずの人の命を奪う悲惨な交通事故も頻発しています。
昔は年寄りと言えば、村の長老として穏やかに人々を導くイメージがあったのですが、
時代は大きく変わってしまったようです。
確かに現代に生きる人々の気質は変容したのかもしれません。
会社などの組織で部下や後輩に些細なことからキレて怒鳴りまくる管理職や経営陣の多くが、
引退後も変わらずその凶暴性を維持し、それを発揮するのは決して不思議ではないでしょう。
会社で、家庭で、公共の場で、怒りをぶつけるお年寄りはいわゆる「老害」と命名され、
社会現象化としてマスコミを賑わしています。
百歳人生を歩むなら、自ら「老害怪獣」に変身するのは止めるべきです。
ただここで難しいのは、自分の実態を自分自身でなかなかつかめていないことです。
他人の振る舞いや発言などについてはやたら細かく分析し、批判するのに我が身については何も分かっていない御仁が結構多いのです。
「反省するならサルでもできる」なんて言葉が昔はやりましたが、仮に反省しても自身の表層的な行動や発言に対してであって、
心底自分の隠れた闇の意識まで光を当て、静かに見つめ続け、問い続けて自省することができないのが現実です。
それでは老害怪獣にならないためにはどうしたら良いのでしょう?
答えは簡単ですね。「人に優しくなる」ことです。
それができるなら苦労はしない、とあなたは仰るでしょう。
それでは次の簡単な5つの活動をやってみてください。
これらは本当に簡単なアクションです。
心を空っぽにすればいつでもすぐに身に付きます。
習慣化することがいとも簡単。
だってどれもその頻度は少なくてもやってはいるんですね、誰もが。
ただ肩に力を入れ、妙に恰好をつけ、自分をガードしているために出来ないだけなのです。
まずは難しい理論など抜きに始めてみましょう。
・①「ごめんなさい」:自己反省をする。
自分自身の行動や言動について冷静に振り返り、改善すべき部分があれば、少しずつ直していく。
- ②「ありがとう」:何にでも感謝する。
他人の良いところ、やってくれたことには積極的に感謝の気持ちを伝え、相手を認めることが大事。
- ③「できる、できたぁ」:小さなことから自己肯定感を養う。
「自分は正しい!」は間違った自己執着。「自分にもできる!」とおのれを励まし、できた自分を適度に褒める。褒め過ぎはうぬぼれへの道。
- ④「ふむふむ、な~るほど」:相手の話を聴く。
独りよがりのおしゃべりは禁物。他者の感情・立場を理解し、共感力を養う。
- ⑤「にこにこ、にっこり」:笑顔を作り、笑顔で暮らす。
睨んでどうする。すごんでどうなる。いい歳して止めましょう。スマイルでいると自由な気持ちになれます。
2-2. 「孤独を恐れず」
人に優しくすれば、心理的な孤独にはならないはずですが、現実にはそれだけであらゆる孤独から解放されるわけではありません。
親兄弟、親族はいつしか自分より先を越して亡くなっていきます。
嫁や夫もあの世に旅立ちます。
子供は離れていき、あなたの周りは赤の他人さましかいなくなる。
これが百歳人生のあなたを待ち受ける周囲環境からの孤独です。
その訪れが早いか遅いかは時間の問題で、あなたは一人ボッチになります。
彩り豊かなあなたのこれまでの人生は急に訪れる秋の枯れ落ちた林のように、見た目は殺伐とした風景に変わるでしょう。
たとえまわりに親しき人々が集い、実りある人生であっても、あなたの老いは孤独への扉に他なりません。
確かに孤独をイメージすると恐怖が沸き起こってくるのも分かります。
しかし孤独は害獣でも魔物でもありません。
静かな海であり、森であり、空間でしかありません。
つまりはそこにいるあなたは自由だということです。
そうであるからこそ受け入れてしまえば良いだけです。
完全に孤立した山奥や南海の島で一人暮らしているならまだしも、外に出れば街や村があり、人々の営みや笑顔に接することができるでしょう。
何処にどういようと世界や社会の多様な情報は種々の媒体を通してあなたの五感を刺激するはずです。
有効で有意な情報を選択し、あなた自身とその生活に活かすことが大事です。
要は孤独の受け入れ方、つまり受容する心の向きがプラスに保てば恐怖や倦怠、ましてや絶望はあなたを襲わないでしょう。
ロシアの文豪であったあのレオ・トルストイは『戦争と平和』の中でこう書いています。
“最も強いのは最も孤独な者だ。”
この境地こそが百歳人生を豊かで愉快な孤独の宇宙を旅する者への称号と言えます。
それには孤独を楽しむ覚悟が今最も大事な心の境地になるでしょう。
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