ほおずき市だよ

愛宕神社の初夏 季節の断面図 #008

初夏の東京、愛宕山の頂に鎮座する愛宕神社では、

鮮やかなオレンジ色のほおずきが揺れる「ほおずき市」が開かれる。

江戸時代から続くこの市は、都会の喧騒の中にあっても、

日本の庶民文化の奥深さと時の流れを伝える貴重な風物詩だ。

石段を登りきると、都心とは思えない清々しい境内が広がり、

整備された池には鯉がゆったり泳ぐ。

愛宕山の「出世の石段」は、

三代将軍家光に梅を献上した曲垣平九郎の故事に由来する。

急勾配の石段を馬で駆け上がったという逸話は、

歴史と個人の願いが結びつく象徴的な道程として、

今も登る人々の心を刺激する。

石段を踏みしめながら見上げる空には、夏を告げる茅の輪が設置され、

左右に八の字を描くようにくぐる「夏越の祓」の儀式が行われる。

これにより半年間の穢れを祓い、無病息災を願う古来の信仰が

現代の都市生活者にも生き生きと伝わる。

「ほおずき市」の彩りは、五感を通じて初夏を印象づける。

まだ青い実は「これからの色変わり」を予感させ、

赤く染まったほおずきは、提灯のように柔らかな光を思わせる。

参拝者が手に取るたび、自然の変化と人々の営み、文化の歴史が結びつく。

青い実から赤への移ろいは、

初夏から朱夏へと変わる季節の息吹であり、豊穣や希望の象徴でもある。

市には、多くの人々が行き交い、屋台や鉢植えのほおずきの間を歩く。

その声や笑い声、風に揺れる葉音が境内に響き、都市の雑踏を忘れさせる。

江戸の昔から続く「千日詣」の功徳日には、

参拝するだけで千日分のご利益があるとされる伝統が息づき、

現代の私たちもまた、歴史の一端に触れる感覚を味わうことができる。

愛宕神社のほおずき市は、単なる季節の行事ではない。

急な石段、茅の輪、青々とした鉢植え、賑わう参拝者たち。

これらが交錯することで、

初夏の景色は五感に刻まれ、文化的な体験として心に残る。

変化を受け入れ、自然のサイクルに身を委ねる喜びが、ここにはある。

ほおずきの赤い光が夏の夜をほのかに照らすように、

私たちも季節の移ろいの中で、

新たな発見や喜びを手にすることができるのだ。

江戸から令和へと受け継がれる伝統行事は、

時代に合わせて形を変えつつ、その本質を失わずに息づいている。

ほおずき市は、都会の中の自然と歴史、人々の営みが交わる場所として、

心を豊かにする時間を与えてくれる。

足元から見上げるほおずきの彩りは、今年の夏を記憶に刻む小さな旅の証となってくれるのだ。

関東地方の主なほおずき市紹介
(詳しくは、それぞれのリンク先でご確認ください)

愛宕神社 (港区) | 6月23日・24日 | 発祥の地 | 千日詣り 
浅草寺 (台東区) | 7月9日・10日 | 四万六千日
龍泉寺 (茨城県龍ヶ崎市) | 7月10日 | 龍ケ崎観音がある | 四万六千日
出雲大社相模分祠 (神奈川県秦野市) | 7月12日・13日 | 夏詣の一環
源覚寺 (文京区) | 7月19日・20日 | こんにゃく閻魔で有名

By 皆戸 柴三郎

※本記事は2025年6月に掲載したものですが、今回ブログの全面改装で再編集、再掲載しました。

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