五月晴れに鯉のぼり

歴史と伝統が今に息づく 季節の断面図 #006

五月の青空に鯉のぼりが翻る。

東京タワーの足元、朱と白の鉄骨に映える色とりどりの鯉たちが

春風に揺れる光景は、見る者の目を奪う。

赤や青、黒や金の鯉が空中を泳ぎ、

まるで本物の魚が水面を飛び出して宙を舞うかのようだ。

風にたなびく布のひらめきに光が反射し、

鮮やかな色彩が青空に映える。

子どもたちは鯉を見上げ、手を伸ばしてはしゃぐ。

幼い姉妹が笑顔で肩を寄せ、

男の子たちは小走りに駆け回り、影絵のように伸びる鯉の影を追う。

親たちはスマートフォンを向け、

幼子の笑顔と空を泳ぐ鯉を一枚の写真に収めようとする。

風に揺れる鯉が光を反射して虹色に輝き、

春の陽射しとの混ざり合いがまぶしい。

遠くで鳴く鳥の声が都市の喧騒に柔らかく重なる。

鯉のぼりは、むろん単なる装飾ではない。

中国の故事「登竜門」に由来し、

黄河の急流を登り切った鯉だけが龍になるという伝説が、

子どもの成長と立身出世の象徴として日本に伝わった。

江戸時代の武家社会では庭先に幟を立て、

男児の健やかな成長を願った。

町人は黒一色の鯉を用いたが、

やがて赤や青、家族の人数や構成を示すようになり、

現代では伝統的な和柄からキャラクターものまで、

さまざまなデザインの鯉が空を彩る。

東京タワーと鯉のぼりの組み合わせは特別だ。

足元には観光客や地元の人々が思い思いに歩き、

カフェのテラスからも親子連れが鯉を眺める。

芝生広場では子供たちがボールを追いかける。

鯉の影が草地に揺れ、子どもたちの歓声と風の音が重なり、

都市の雑踏の中に一瞬の静けさと春の柔らかさを生む。

都市空間に広がるこの春の景色は、

時間を超えた特別なひとときであり、

誰もが少しだけ心を軽くし、未来を思い描く瞬間となる。


空を泳ぐ鯉のぼりは、ただの伝統装飾ではない。

春の息吹と未来への願いを象徴し、

子どもたちの笑顔、大人の郷愁、

塔の威容と広場の緑をつなぐ時間の層を作り出す。

風に揺れる鯉の一つ一つが、

希望や成長の象徴として、観る者の胸に

いつまでも静かに刻まれていくだろう。

皆戸 柴三郎

※本記事は2025年5月に掲載したものですが、今回ブログの全面改装で再編集、再掲載しました。

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